料理歳時記

文:曽根雅典[三軒茶屋nicolas] 絵:佐々木裕

アイスコーヒー
下北沢のとある喫茶店でアイスコーヒーを頼むと、「甘くしますか?」と聞かれます。「え、あ、」と口ごもっていると、「果物の、柿ぐらいの甘さです」と教えてくれ、「え、あ、じゃあ、」と甘くしてもらいます。

アイスコーヒーは夏の季語です。カフェ・グラッセと言ってしまうと、違うものになってしまう気もします。ホットコーヒーには色濃くある文学性が、アイスコーヒーになった途端に薄まる気がするのは氷のせいかもしれません。

nicolasでは、アイスコーヒーにはaalto coffeeのアルヴァーブレンドを使います。ホットのときよりも細かい目盛りで豆を挽き、濃いめのコーヒーをおとし、それを氷の入ったグラスに熱いまま注ぎます。

グラスの中で、溶けた氷同士がぶつかるカランという音、だんだんと汗をかいてくるグラス、グラデーションになる液体。そして柿の甘さ。

アイスコーヒーは、薄まっていく過程で美しさを獲得して、文学性を取り戻します。いや、取り戻すもなにも、最初から持っていたのに、こちらがそれに気づかなかっただけのような気もします。